知らないと失礼に当たる!? 京都の風習に見る「新しい地域コミュニティ」とのつきあい方

京都の町家

JACK SWING / PIXTA

最近ではめっきりご近所さんとのお付き合いが減ってしまったと言いますが、それでも「町内会の集まり」や「ママ友」「PTA」など、さまざまな場面でご近所さんとのコミュニケーションが発生します。

そんなとき、知らず知らずのうちに相手の真意を読み取れずに勘違いしてしまったり、時には失礼に当たる行為をしてしまうことも。

地域やコミュニティ独特の風習がわからず、戸惑うこともあるかもしれません。

そこで今回は、知らない間に失礼に当たらないためにも、婉曲的表現の裏側をご紹介しましょう。

 

■「唐突に渡される進物」は“さようなら”という意味?

筆者が住んでいた京都では、よく「“ぶぶ漬け“を出されると、もうお引き取りください、という意味である」と言われます。

昨今、このようなセリフを耳にすることはほとんどありませんが、このセリフにとても似通った習慣はあります。

その一つが「ご進物(贈り物)」です。

梵智丸 / PIXTA

梵智丸 / PIXTA

毎週ボランティアでうかがっていたお宅。

「ではまた来週」と、いつものように互いに約束を交わしました。

そして約束の日。いつものように伺い、いつものように対応してしていただき「ではまた来週」と言った途端、ご進物用に包装紙できちんと包まれているお菓子が登場。

畳の上でに置かれたその箱の後ろで、「今まで有難うございました」と正座で両手をついて深々とお礼をする相手方。

「そんな……。こちらこそお世話になっているのに、こんな風に気を遣わないでください」と答えると、「どうかお受け取りください。本当に有難うございました」と。

いくら鈍感な筆者でも、これはいつものお礼とは違うと感じました。

ご進物をいただかずに去れそうもない、そしてここには二度と来ることが許されないのかも……と、一抹の不安が心によぎりました。

あとで京都の人に一連の流れを話すと、やはり「お付き合いを止めさせていただきます」という意思表示を、“唐突に改まってご進物を渡す”ことで示されたことが分かりました。

これにはちょっぴり堪えました。

 

■京都の人は英国人に似てる?

その他にも、京都にはさまざまな婉曲的表現があります。

たとえば、「ありがとう」の意味で使われることの多い「おおきに」ですが、発音次第では「もういりません」と断り文句の意味で使われることもあります。言葉のトーンで聴き分けるのです。

なんてややこしいの! と思う京都の習慣ですが、似たような表現は英国にもあります。

英語で「Thank you」には「No thank you」を意味することがありますからね。

2008年の映画「Last Chance Harvey(邦題:新しい人生のはじめかた)」でこんなセリフがありました。

「ダイアナ妃が亡くなってから、米国の影響を大きく受けて口を大き開いて話したり、オープンに話すようになったわよ」

これは、ダイアナ妃が亡くなった1997年前後に、ブレア氏率いる労働党が選挙で保守党に大勝したことを表現したもの。

つまり逆を言うと、それまでの英国は貴族制度が未だ色濃く残り、日本と同様、公の場での表現をあいまいなものにすることが美徳とされてきた、ということです。

英国に深く関われば関わるほど、排他的な何かに触れて寂しくなる瞬間はありますが、これも慣れ。雅な都文化の京都に通じるものがあります。

 

■暗号をさえ読めれば楽勝

京都人は良く「本音と建前が違う」と言われます。しかし京都人同時の付き合いで、そう感じることはありません。

ルール、つまり暗号のようなものを習得さえすれば、言葉で言い難いことを発するよりも、行動や物で表現すれば良いのですから楽なんです。

そして相手もそれを観て、真意を読み取るのです。なかなか合理的だと思いませんか?

 

これから引っ越しなどで、今までとは全く違った新しい地域に住み、新しいコミュニティの中に属することもあるでしょう。

そこでは、いろんな風習や隠れた決まりのようなものに翻弄されてしまい、時には「本音で話したい」とフラストレーションさえ溜まってしまうこともあるかもしれません。

しかし、好奇心、覚えたい精神があれば、簡単に心を開かない京都の人でも「あんた変わってんな」とちょっぴり憎まれ口をたたかれたとしても、快く京都の風習を教えてくれます。

その他の地域やコミュニティも同じ。

ぜひポジティブ精神をもって、新しい環境に溶け込む勇気を持ちましょう。

ルールさえ覚えれば、フラストレーション無しで、合理的に住める楽な町だと思えるようになります。

それはきっと、楽しいはずですよ。