【あの人のおうち訪問】『タモリ倶楽部』などで大注目! ガラスびんのために建てた家【前編】

 

話題の「あの人」の自宅ってどんな風なんだろう、と気になったことはありませんか?

家には、その人の“人となり”が詰まっていますよね。

住む家を見れば、表面には出てこなかった「あの人」の魅力を発見できるかも。

第3回目は人気のテレビバラエティ番組『タモリ倶楽部』『探検バクモン』などでも注目を集めた、40年以上の月日をガラスびんの研究に費やしてきた、びん博士のおうちにお邪魔してきました。

 

■6万本以上のガラス瓶が静かに眠る家へ

東京都中野区——西武新宿線沿線のとある駅から徒歩5分弱。

のどかな住宅地に、ガラス瓶をこよなく愛するびん博士のおうちがあります。

小さな門を開けて通路を進むと、どこか教会のような趣の建物が。

ここはびん博士の自宅の敷地内であり、自身の活動拠点としている「ボトルシアター」です。

40年以上ガラス瓶にまつわることを生業としているびん博士。

著書を多数手がけるほか、ミュージシャンとして『びんのブルース』などの楽曲を生み出したり、時に大学で教壇に立ったりと、さまざまな分野で活躍しています。

「収集したガラス瓶のための家を作りたい」という熱い思いのもと、グッドデザイン賞などの受賞歴を持つ建築家とチームを組んで「ボトルシアター」が建てられました。

 

■ガラスびんのはかない輝きに包まれた空間

「ボトルシアター」の中へ入ると、四方を囲む壁、天井、床にまでガラスびんがぎっしり。

——さすが……、ガラスびんがたくさんです!

びん博士:もともと私がガラスびんに興味を持つようになったのは、20代後半に通っていた吉祥寺の骨董屋で、店の端になにげなく転がっていたガラスびんを店主にもらったことがきっかけです。

それからガラスびんに魅せられて、全国の廃村から掘り出し始めました。

——廃村ですか。そこに、こんなきれいな状態で?

びん博士:いえいえ、泥だらけです。掘り出したあとひとつずつ手洗いして、このように。

当時の日本では、ガラスびんは再利用はされるけれども、ほとんど商品価値がないものでした。

一方アメリカでは“Bottle Digging”という趣味もあったほど、切手とコインに続き、1960年代にはボトル蒐集は第3位のコレクションでした。

私は昔、長い間アメリカにも住んでいましたので。

そこで、その手法で日本でも掘れば出てくるんじゃないか、という思いから集めました。

現在は6万本以上あるんじゃないかな。

——なんと……。ちなみにディスプレイや収納に法則はあるのでしょうか?

びん博士:ありません。強いて言えば“無秩序”が法則。私自身がカオスなものでして(笑)。

ただ、一部は掘った順序で並べていたりします。

——やはり(実は、先ほどラベルを貼って整頓したケースも発見しました)。

 

■「苦労したけれど、枕木を使ってよかった」

——ところで、壁の木材もすてきですね。

びん博士:これは鉄道会社から特別に購入させてもらった「枕木」を主に使いました。踏切や踏切の下に敷いている木です。

ところが枕木からタールや防腐剤を洗い落とすのに、まあ時間がかかり……。

教え子たちに手伝ってもらったりしてなんとか使える状態にしました。

——そこまでしてでも枕木を使いたかったのはなぜでしょう。

びん博士:社会に一度は貢献した(役目を果たした)上で“棄てられた”ものに、私は惹かれるようです。

ガラスびんもそう。中身が入っていない空きびんがいいです。

中身が無くなると無意味な存在になる。その諸行無常の感が、私の内にある諸行無常の感にハマるんです。

 

■「使命を終えたガラスびんが、それぞれに輝く空間を」

——ガラスびんのために、建築家に依頼して建てた「ボトルシアター」ですが、設計において、もっとも重要視したのは?

びん博士:“採光”ですね。光と陰、また陰影において、ガラスびんはさまざまな表情を見せてくれます。

朝・昼・夜、どの時間帯にも自然光をふんだんに部屋に取り込めるよう、天井の高さをはじめ、窓の形や配置などにとにかくこだわりました。

——ちなみに、一日において「ボトルシアター」で過ごす時間は?

びん博士:実は、あんまり……。

以前は原稿を書いたりもしていましたが、いつしかガラスびんに、私が追いやられてしまってて……(笑)。

現在『原色日本壜図鑑』を制作しておりまして、その撮影はここで行っています。

びん博士の幼少期にあたる昭和20年代。

当時住んでいた埼玉県入間市小谷田の家で、職人が吹いた跡の気泡が表面に残る、機械生産でないガラスびんを見つけて「美しい」と感じたそう。

それが、博士がガラスびんにふれた初めての体験でした。

足の踏み場もないほど、また外の景色も見えないほどに建物のそこかしこに置かれたガラスびん。

しかし、それらは一点の曇りもなく、自然光とびん博士の愛情をたっぷり受けて、きらきらと光っていました。

後編では、お宝級のセレクションからびん博士が選ぶとっておきの3本をご紹介します。お楽しみに。

 

■びん博士(庄司 太一)

1948年、宮城県仙台生まれ。

上智大学英文学科在学中にガラス瓶と出会い、同大学大学院卒業後、ワシントン州立大学入学のため渡米。

そこで先進的なボトル文化にインスパイアされ、帰国後はボトル瓶活動を本格的に始動。

日本ではかなり希少なガラスびんにまつわる専門書『びんだま飛ばそ』『平成ボトルブルース』(現在絶版)などを執筆するほか、

1989年に他界した弟(ミュージシャン)の遺志を継ぎ、2005年にはCD『ボトル・フラグメント』をリリースし、音楽家としてもデビュー。

さらに現在は武蔵大学(東京都)で教壇に立つかたわら、ガラスびん研究の集大成として『原色日本 壜図鑑』の制作に力を入れている。

ボトルシアター Bottle Theatre

 

撮影/門上奈央