【あの人のおうち訪問】『タモリ倶楽部』などで大注目! ガラスびんのために建てた家【後編】

 

話題の「あの人」の自宅ってどんな風なんだろう、と気になったことはありませんか?

家には、その人の“人となり”が詰まっていますよね。

話題の「あの人」の家を見れば、表面には出てこなかった「あの人」の魅力を発見できるかも。

ガラス瓶をこよなく愛してまもなく半世紀を迎える、びん博士のおうち。

前回は2階建ての「ボトルシアター」の1階をご紹介しましたが、今回は2階におじゃまして、お気に入りのガラスびんを見せていただきました!

 

■「お気に入り? どれも大事なので困ったな……」

入口付近にびん博士を模した人形も

パン屋さんから譲り受けた什器をカスタマイズして活用しているそう

さて前編で紹介した1階から、いったん外に出ることに。

緑あふれる中庭を横目に、2階へとご案内してもらいました。

 

ドアを開けると視界に入るのは、辞書や図鑑などの本の山です。

ガラス瓶の研究を活動の中心に、武蔵大学などで教壇に立つ先生ならでは。

そして、本を置いていないスペースはおおかたガラスびんが埋め尽くしているのも、さすがびん博士です。

——ガラスびんの多さに圧倒されています。中でも博士のお気に入りは?

びん博士:うーん……。僕はガラスびんに対しては博愛主義で……(沈黙)。

しばし時間が過ぎてから、「これはたまたま、偶然見つけて選んでしまったということで」とびん博士。

現在国内では「ボトルシアター」以外ではおそらく見られない、希少なガラスびんを厳選して紹介してくれました!

 

■第3位 えっ毒!?  アメリカで仕入れた“クスリ”のびん

風合いがなんとも美しいガラスびん。しかし、よく見ると“POISON(ポイズン)”の刻印が……!

——これは博士が学生時代、アメリカへ留学していた頃のものでしょうか?

びん博士:はい、最初に見つけたのはアメリカでした。

このびんが売り出された大正期のアメリカでは、水銀が含まれる薬品には“POISON”と注記を入れることが、法律で定められていたのです。

——そうすると、危ないものとは限らないのですか……?

びん博士:そうです。日本でいえば消毒薬の「赤チン」(マーキュロクロム液)も水銀を含んでいますから。

そこからアメリカらしい遊び心で、あえてこのような刻印を入れたり、ドクロのデザインを施したようです。

日本にはなかなかない発想でユニークですよね。

 

■第2位 昭和〜大正の子どもが愛した駄菓子屋定番の味

 

—続いて第2位は?

びん博士:「みかん水」のガラスびんで、うっすら入っているロゴは製造会社名です。

みかん水とはみかんの皮から香料を取って味付けした清涼飲料水で、20世紀前半の駄菓子屋における定番商品でした。

——ずいぶんとスリムな形状ですね。

びん博士:当時の子どもたちは、少量のジュースをちびちびと楽しんだのでしょうね。中でも奥の2本は明治時代のものです。

びん博士:また、この斬新なフォルムのものは「ニッキ水」のガラス瓶。

八つ橋などの和菓子でもおなじみの“ニッキ”を溶かして香りづけした、「みかん水」と同様に駄菓子屋で人気の飲み物でした。

よく見ると表面がボコボコしている。これは、職人が吹いた気泡が残っているんです。

ガラスびんの形状が少しずつ異なるのも、機械生産にはない手製の醍醐味。そこがお気に入りの理由のひとつです。

 

■第1位 現代も愛される“あの日本酒”のデザインびん

——それでは、第1位をお願いします。

びん博士:1位は、大正から昭和にかけて駅のキオスクなどで売られていた「白鶴」のガラスびんです。

おなじみのあのロゴが使われています。

日本家屋にもマッチする縦縞模様など、デザイン性がたいへん優れています。

当時のガラスびんを振り返ると、無名の職人たちが技術を生かし、趣向を凝らしたデザインのものが多いのです。

現代は人件費などのこともあり、いい悪いは関係なく、こういうものが生まれにくい。

当時だからこそ生まれたびんなのです。

——ガラスびんをとおして、いろんな背景が見えてきますね。

最後に博士のご活動について教えてください。

びん博士:現在はガラスびんのことを総括するような『原色日本 壜図鑑』を作っています。

同時に、音楽活動も続けていこうと思っています。

——びん博士、いろいろなお話をありがとうございました!

 

■びん博士(庄司 太一)

1948年宮城県仙台生まれ。

上智大学英文学科在学中にガラス瓶と出あい、同大学大学院卒業後、ワシントン州立大学入学のため渡米。

そこで先進的なボトル文化にインスパイアされ、帰国後はボトル瓶活動を本格的に始動。

日本ではかなり希少なガラスびんにまつわる専門書『びんだま飛ばそ』『平成ボトルブルース』(現在絶版)などを執筆するほか、

1989年に他界した弟(ミュージシャン)の遺志を継ぎ、2005年にはCD『ボトル・フラグメント』をリリースし、音楽家としてもデビュー。

さらに現在は武蔵大学(東京都)で教壇に立つかたわら、ガラス瓶研究の集大成として『原色日本 壜図鑑』の制作に力を入れている。

ボトルシアター Bottle Theatre