霊峰高野山、進駐軍向けホテル…「名建築」を地元建築家がガイドする【和歌山編】

 

見慣れているいつもの街でも、ふと見渡してみれば、ちょっとフシギな建物に出会うことってありませんか?

いつも素通りしてしまう建物でも、実は有名な建築家がデザインしたものだったり、歴史的な背景があったり、その造形に深い意味が込められていたり……。

建物の“背景”を知れば、いつもの街もキラキラと光り出すものです。

このシリーズでは、さまざまな地域の知られざる“名建築”を、地元の建築家がご紹介します。

あなたの住んでいる街も、登場するかもしれませんよ。

第4回目は、世界文化遺産にも登録された熊野三山や高野山でも人気の「和歌山県」です。

 

【ナビゲーター】

中西重裕さん・・・1958年和歌山県和歌山市生まれ。長崎総合科学大学工学部建築学科卒業。伊藤喜三郎建築研究所を経て独立。2007年一級建築士事務所K&Nアーキテクツ設立。

 

■霊峰高野山の玄関口「旧葛城館」(橋本市)

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世界文化遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」。その「高野山」への参詣者が宿泊していた木造3階建ての旅館です。

完成は明治33年頃。当時は最寄りの高野口駅が高野山への玄関口でした。駅前のランドマークとして親しまれ、1994年まで営業していました。

寺院風の唐破風屋根と入母屋屋根を持ち、正面の開口部は前面ガラス張りでモダンな印象の外観となっています。

2階下部の欄干には円形の鏡が並び、外部を意識した作りとなっています。邪気を払うためでしょうか。

 

■日本最大級の現役木造校舎「高野口小学校」(橋本市)

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昭和12年に町民の寄付をもとに建てられ、現在でも、日本最大級の現役木造校舎として、竣工当時の姿を良く留めています。

過去にはRC造による建て替え計画も出ましたが、和歌山大学の本多友常教授(当時)など、関係者の長年の努力により、町の誇りともいえる木造校舎が残されています。

 

■黒川紀章の個性が輝く「ICビル」(和歌山市)

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ICチップを思わせるファサードが異彩を放つユニークな外観のオフィスビル。

設計者は、かの有名な黒川紀章。

最上階はオーナー住居として設計され、北側の円窓の正面には和歌山城と、黒川紀章が後年に手掛けた県立近代美術館・博物館の眺めが広がります。

和歌山県内に有名建築家の作品があまりなかった1994年に、県立近代美術館・博物館が会館します。その9年前に、黒川紀章はこんなに個性的なビルをのびのびとデザインしていたんです。驚きですね。

 

■外国人向けホテルが病院に「浜病院(旧 楽長ホテル)」(和歌山市)

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完成は戦後の昭和26年。当時和歌山県に進駐軍が滞在していたことから、外国人向けの「楽長ホテル」として開業しました。

建物の前面だけを装飾してつくりこむ「看板建築」といわれるものです。

1階はRC造、2階部分は木造で、見かけは重厚な洋館ですが、大理石風の柱は木の柱に擬石を貼った仕上げになっています。

ホテルとしての歴史としては短く、のちに病院に転用されて現在に至っています。

 

いかがでしたか? 建物やその造形には、建てた人の想いや思想が色濃く残っているもの。

あなたも、気になった建物があれば、どうしてそんな形になったのか、調べてみると、意外な発見があって面白いかもしれませんよ。

次回はあなたの街にお邪魔するかも?

 

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