僕は東京・世田谷で大家業を営むかたわら、祖父が東京のはずれの山奥に建てた小屋の管理もしています。
以前、山小屋暮らしは自然生物との戦いだと書きましたが、実はもっとも怖い生き物が「人間」なんじゃないかと思うことがあります。
今回は、僕が山小屋で数年間暮らしていたときに体験したトラブルの数々をご紹介したいと思います。
「きみはこの共同体になにができるんだ」と問い詰められ…

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フィクションの世界では、田舎は素朴で優しい人間たちが助け合って暮らすパラダイスのように描かれることが多いですが、それはいささか美化された話。
なかには、面倒くさいご老人もいらっしゃいます。
僕の場合、まったくゼロから移住したわけではなく、祖父が所有する山小屋で暮らし始めたこともあって、「よそもの」扱いされたり、「新参者に対する嫌がらせ」を経験することは幸いにしてありませんでした。
それでも、引っ越ししてすぐ、とても驚く出来事がありました。

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お向かいに住む知人に誘われて地元の人たちの集まりに呼ばれた際、そのうちのひとりの老人に「きみはこの共同体になにができるんだ」と問い詰められたのです。
都会で育った僕には初めての経験で、答えに窮したのを覚えています。
正直「この共同体に取り込まれたら、厄介なことになるぞ」と思いました。
この一件以来、住民としての義務を果たしつつ、地元の人々と適度に距離を置く道を模索し始めました。

ヒロシ / PIXTA(ピクスタ)
その際、役立ったのが年に数回おこなわれる草刈りです。
限界集落では、肉体労働の担い手がほとんどいません。
そこで、集落でいちばん若い者として率先して汗をかくことで、地元の人たちから感謝されました。
もっとも、地元の老人たちは意外に統率が取れておらず、各々がわりと勝手なことを言います。
ある人の言うとおりに作業していたら、別の人から怒鳴られたりもしました(苦笑)。

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この苦労のおかげで、酒の席などのディープな集まりに顔を出さなくても、後ろ指をさされないで済みました(つきあいの悪いやつだと思われたでしょうが)。
東京のはずれですらこんな具合ですから、もっと田舎では推して知るべしです。
田舎ならあたりまえの濃密な人間関係は、都会育ちの人間には相当苦痛になりえます。
こういう気苦労を背負いたくないという向きは、人間関係の希薄な別荘地をお探しすることをオススメします。
「道を広げたいので家を壊してくれ」まさかの言葉にポカーン

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もっとも衝撃だった出来事をあげましょう。
あるとき、集落の中心的な老人がうちを訪ねてきました。
一見、人当たりの良い好々爺といった老人ですが、その言葉に耳を疑いました。
「今度、このへんの道を整備するんだけどさ、お宅の家、つぶしてくれないかな」
話を聞くと、道を広げるために、うちの敷地内に建つ書庫を取り壊してほしいというのです。
いや、それって、役所とかの人間が来て言うことですよね?

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っていうか、家を壊せって「みかん、くれる?」みたいな感じで言うことなの?
と、驚きを通り越して、ポカーンでした。
そのときは、「急にそんなことを言われましても……」みたいな感じでお茶を濁しましたが、後日、今度は役所の人間がやってきました。
話を聞いてみると、道を広げたいのは確かだが、無理強いされるようなレベルの話でないことがわかり、ホッとしました。
こちらも、できる範囲で道路拡張に土地を提供することで話は決着しました。
その際、役所の人間でもない人がいきなり「他人の家を壊せ」なんて言いに来るのはおかしくないですか?と苦言を呈してみましたが、向こうはモゴモゴと歯切れの悪い返事をするばかり。
聞けば、あの老人とは小さい頃からのつきあいだとか。
なるほど、彼らも役所の人間である前に、すでに地元の年功序列に組み込まれているわけです。
言っても無駄だなと悟り、あきらめた次第でした。
焼き芋をやったら、家が火事に!

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思わぬ人災も起こります。
ある寒い冬のことでした。
夜、こたつでテレビを見ていると、町内放送がかすかに聞こえてきました。
どうやら、どこかで火災が起こったことを知らせる防災放送のようです。
テレビのボリュームを落として聞き耳を立てると、放送が告げる住所がすぐ近所のように聞こえました。
念のため、玄関のドアを開けてみると、はす向かいのお宅の薪小屋がメラメラと燃えています!
お向かいさんが大声で「火事! 火事! 水! 水!」と叫んでいます。

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僕も慌ててバケツを持って飛び出し、家の前の水道で水を汲んでは消火を手伝いました。
そのかいあって、火が周囲の木々に燃え広がらないで済みました。
あとでわかったのですが、原因はたき火の不始末。
焼き芋を作った後、きちんと火を消さないで外出してしまったそうです。

Taisuke / PIXTA(ピクスタ)
もし山火事になってうちまで延焼していたら……想像するだけで恐ろしくなります。
僕も屋外でバーベキューをやることはありますが、火の始末だけは気をつけようと心に誓いました。
実は、この数年前にもすぐ隣のお宅で火事があり、家がまるまる焼けてしまったこともありました。
やはり独居の老人が多いエリアでは、火の不始末が起こりやすいのでしょうか。
谷底にクルマが!? 運転手の命は?

Satoshi§ / PIXTA(ピクスタ)
我が家の前には細い山道が通っています。
年々、舗装されて走りやすくはなっていますが、山奥に行けば行くほど急な登りになり、道幅も狭くなります。
当然ですが、街灯などありません。
慣れた人ならいざしらず、地理に明るくない人が夜に運転すれば、ハンドルを誤ることもありえます。
お向かいさんから聞いた話では、こんな事故があったそうです。
ある朝、犬を連れて日課の散歩をしていると、急斜面の底に見慣れぬ物体が。
木々に隠れてよく見えませんが、どうやらクルマらしいと気づき、慌てて110番しました。
すぐに警察と救急車が駆け付け、運転手を救助。

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さいわい一命をとりとめましたが、ケガをしていたため車中で3日間も身動きが取れないままだったそうです。
そのあいだの時間をよほど長く感じたのか、本人は1週間経ったと思っていたとか。
この話を聞いて以来、僕はこの山道を運転していません。
夏休みや紅葉の時期には慣れない山道を運転することもあるかと思いますが、くれぐれも気をつけることをオススメします。

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このほか、近くの山中で人知れず自殺した人がいたり、空き家にホームレスが住みついていたり、人口密度が低い田舎の山ならではのトラブルにはことかきません。
僕のように、祖父の代から縁のある土地に数年間暮らしただけでもこんな具合ですから、もし何のゆかりもない土地にいきなり移住したら、もっとハードな体験が待っていることは想像に難くありません。
ともすれば、美化されがちな田舎暮らしですが、移住をご検討の方は入念なリサーチとそれなりの覚悟を持って田舎暮らしに挑んでいただきたいと思います。