インテリア・雑貨

深澤 将深澤 将

あなたの知らないデザイナーズチェアの世界/トーネットNo.14

海外からの旅行者が日本に来て驚くことの一つが、牛丼チェーン店だといいます。その秘訣は、「安い・早い・美味い」の3連コンボ。
どれか一つなら誰でもできるかもしれませんが、3つ揃うと別次元の体験になるという好例です。
かつて、椅子でも同じようなことを実現させた人物がいました。

19世紀のドイツ。家具職人のミヒャエル・トーネットです。

椅子の量産化を目指して技術を開発

トーネットNo.14

家具職人のミヒャエル・トーネットは、ライン渓谷中流上部に位置する美しい田舎町ボッパルトで工房を構えていました。
産業革命以前に比べれば、家具が中産階級を中心に普及したとはいえ、庶民にとってはまだまだ敷居の高い高級品。

当時の椅子を3つの単語で表すならば、「高い・重い・面倒」でした。(もちろん、美しいのは言うまでもなく。)その原因は、使用していた材料と製法です。
メープルやチェリーなどの硬くて重い木を削り出したフレームに、座面を張り込んた仕上げ。すべてが職人による手仕事でした。

椅子の量産化を目指していたトーネットは、生産方式の改良に着手します。
太い木材をいちいち削り出していては、手間がかかって仕方ありません。無駄になる部分も多いので、材料費もかさみます。
かといって、直線だけのデザインでは味気ない。

「いっそのこと、望む形に木を曲げることはできないだろうか?」

そこでまず開発したのが、曲げ合板と呼ばれる技術でした。
熱した膠液(ニカワ液:動物の骨などから抽出できるゼラチン質の接着剤)に薄くスライスした板を沈めて、柔らかくなったところで必要な枚数を重ねて曲げます。
膠液から取り出して乾燥・冷却すれば、望み通りの形状の合板が出来上がるという次第。

「NO.14」が空前絶後の大ヒット

トーネットNo.14

曲げ合板の技術を応用して、木をスライスせずに無垢材のまま熱と蒸気で柔らかくし、鉄の型にはめ込んで成形する曲木にも成功。
主な材料は、粘りがあって強度が高いブナ材でした。
……と、文章で書くといかにも簡単そうに見えます。しかし粘りが強いブナ材といえども、上記の要領で成形にするには高い技術が必要です。

割れたり反ったり、天然木はワガママなのです。

試行錯誤の繰り返しと実験の日々であったに違いありません。もはや職人というより研究者です。
苦労して開発した技術を、簡単に真似されてはたまったものではありません。

すぐに特許を取得したトーネットは、芸術活動が盛んだったウィーンで会社を設立して、新技術を用いた椅子を次々と発表します。
数多くの作品群のうち、特筆すべきは「NO.14」という作品。味も素っ気もない名前ですが、これが空前絶後の大ヒットを飛ばします。
庶民でも買えるように価格を抑えたのが何よりも大きな要因ですが、その利便性も好評を博しました。

No.14は、付属の金具を使えば初心者でも組み立て可能。

それぞれのパーツも交換前提で作られているので、傷んだらそこだけ替えられます。職人に修理を依頼する必要はありません。
さらに無視できないのが輸送費でした。完成品の椅子は凹凸が多いので輸送する際にコストがかかります。
No.14の組み立て前のパーツ一式の体積は、完成品の1/8程度。これが輸送費の大幅な圧縮につながりました。

「安い・軽い・手軽」が生んだ異例のロングセラー

トーネットNo.14

トーネットは「高い・重い・面倒」が一般的だった椅子の世界に、「安い・軽い・手軽」という選択肢を持ち込みました。
曲木や組み立て式の椅子は、今となっては当たり前。その当たり前を作ったのが、トーネットだったのです。

椅子の歴史に新たなページを加えたミヒャエル・トーネット。彼が1871年に亡くなると、残された5人の息子が会社を引き継ぎます。

父の代には向かうところ敵なしだったトーネット社も、激動の時代に翻弄されることとなります。
1869年、曲げ合板の特許切れ。1914年、第一次世界大戦勃発。1939年、ドイツのポーランド侵攻(第二次世界大戦の勃発)。

終戦後も、生産会社と販売会社の分裂などさまざまな試練が降りかかります。
しかし、会社としての粘り強さもブナの曲木に負けていません。
かつてのトーネット社は、現在もTHONET GmbH(トーネット有限会社)として、190年以上にわたる歴史を更新し続けています。
経営者は直系子孫の5代目トーネット。家具製作会社としては世界でも指折りの老舗になりました。
もちろん、代表作であるNO.14も健在。

マスプロダクト(大量生産品)としては異例のロングセラーで、現在までに売り上げた数は2億脚を超えます。
「安い・軽い・手軽に使える」の3連コンボが、椅子の歴史に与えたインパクトの大きさが見える数字ではないでしょうか。

CGイラスト・文 深澤将(インテリアコーディネーター)

【参考】
名作椅子の由来図典

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