インテリア・雑貨

深澤 将深澤 将

あなたの知らないデザイナーズチェアの世界/スパニッシュチェア

フレデリシアという、デンマークのデザイナーズ家具ブランドをご存知でしょうか。

デンマークのデザイナーズ家具ブランドのフレデリシア。前身となるフレデリシア・ストールファブリックの創業は1911年です。
1世紀以上の歴史をもつ老舗ですが、第二次世界大戦後には経営が悪化。
1955年にアンドレアス・グラバーセンという30歳の若者が買収して経営を再建し、今に至ります。

この若者が会社を経営難から救った手法は、製品ラインナップの刷新でした。

「スペインチェア」=「スペインの椅子」ではない!?

スパニッシュチェア

当時42歳だったデザイナー、ボーエ・モーエンセンを起用して製作された家具は、黄金期を迎えていたデンマークのデザイン業界を席巻します。
モーエンセンの功績の大きさは、現在のフレデリシアの製品ラインナップからも読み取ることができます。
モーエンセン自身はすでに鬼籍に入っているにもかかわらず、現行品の約38%が彼のデザインによるもの。

その直線的で力強い作品群の中で、ひときわ目を引く椅子があります。
幅広の肘掛けと、分厚い革張りの背と座面。無垢材の重量感が迫り来るようなゴツいフレーム。一度見たら忘れられないインパクトです。

その名はスパニッシュチェア。直訳すると「スペインの椅子」。

このネーミングが誤解を招きやすいのですが、これはスペインの椅子そのものではありません。
スパニッシュチェアは、モーエンセンがスペインを旅行した際に目にした椅子をもとに、デンマークにて自らのデザインとして発表した作品です。
では、この椅子の源流はスペインでしょうか?……いいえ、それも違います。

宗教の壁を飛び越えた椅子

スパニッシュチェア

スペインは宗教的に複雑な歴史を辿っており、キリスト教カトリックとイスラム教の両方から影響を受けています。
モーエンセンが見た椅子は、スペインがイスラム教によって統治されていた時代に、古代イスラム文化が盛んな地域から持ち込まれた椅子でした。
つまり、スパニッシュチェアの源流は、古代イスラムにあります。

現在デンマークで多数派を占める宗教は、キリスト教プロテスタント。でも、「異教徒の椅子に着想を得たデザインなんて、とんでもない!」とはなりません。
スパニッシュチェアは、モーエンセンのアイコン的な作品として高い人気を誇っています。

私たちが使っている1、2、3……という数字は、アラビア数字と呼ばれます。
インドで誕生したこの数字表記は計算に便利で、中世ヨーロッパで出稼ぎをしていたアラブ商人が広めたので「アラブ数字」と呼ばれるそうです。
さらに数字といえば、同じくインドで7世紀に発明された0(ゼロ)の概念。「無」という概念は、アラビア数字と共にヨーロッパに広まりました。

「0(ゼロ)=無」の概念は、科学技術の発展を推し進めた一因といわれています。アラビア数字は、その名の通りイスラム文化の産物。
ですが、たとえキリスト教徒であっても、当たり前にアラビア数字を使います。科学技術の恩恵もありがたく享受します。

キリスト教文化に入り込んだイスラム教文化は、数字だけではありません。

アラビア数字ほどではないにせよ、スパニッシュチェアもなかなか便利です。
乗馬具をつくるためのサドルレザーという分厚い革は耐久性抜群。
長年の使用で伸びた時には、真鍮製のバックルを締めれば張りが復活します。幅広の肘には飲み物や灰皿も置ける仕様。
これらの機能性に加えて、このデザイン。宗教の壁を軽々と飛び越えたのも納得ではないでしょうか。

CGイラスト・文 深澤将(インテリアコーディネーター)

【参考】
※ 『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念』
※ 『デンマーク家具デザインの現状について : 家具メー カーの動向を中心に』

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