山形へUターンし、地元の魅力を発信するカフェをオープン!
山形市出身の神保雅人さんが故郷にUターンし、カフェをオープンしたのは35歳のとき。お気に入りの映画館の隣の空き店舗が気になり、カフェ経営を考えるようになったことがきっかけでした。
このカフェでは地元の食材などを使ったこだわりのメニューに加え、アートの展示やイベントにも力を入れています。自然に地元の人も、外から来た人も気軽に集えるような場になってほしい、と考えたからです。
話をお聞きすると、Uターンを決めるまでには様々な紆余曲折あったとか。現在、カフェオープンから約2年が経とうとしていますが「改めてこの土地に息づいている宝を発見し、つなぎ合わせることが楽しい」と神保さんは語ります。
起業のきっかけは「お気に入りの映画館の隣が気になったから」
通りから1本入った映画館の隣にある、小粋なたたずまいのカフェ「SLOW JAM」。モノトーンの店内にはアンティークの雑貨が飾られ、壁には山形県内のアーティストの作品が月替わりで展示されています。
店で使う食器は、県北の次年子窯(じねごがま)で焼かれたオリジナルです。
この店は「山形の面白いもの、素敵なものの発信」がコンセプトとなっています。
店主の神保さんがUターンを果たしたのは2014年、31歳のときでした。「何かをするために戻ったというより、こちらに住んだほうが面白いかもしれないと思ったからです」。
そのときはまだ、カフェの経営を考えていたわけではありませんでした。
帰郷後、東京にいる頃から好きだった単館系の映画を上映する映画館に通うようになり、何度も足を運ぶうちに隣の店舗が空いているのが気になってきたそうです。
「映画を観たあとに近くのカフェで余韻に浸れる。そういう場ができればいいな」。そんな思いから起業を決意することに。
店舗のオーナーは神保さんの計画に興味を示し、家賃の減額にも応じてくれたそうです。
そして、もとはフランス料理店だった店舗の内装を一新。
2018年3月、「旬の山形の食材を使って、世界を旅する料理」を食のコンセプトとし、アートの展示やイベントにも力を入れるカフェ「SLOW JAM(スロージャム)」をオープンしたのです。
大病を患い、帰省するうち山形の魅力を再発見!
神保さんが山形で暮らしたのは18歳まで。田舎が嫌いで嫌いで、一日も早く離れることを夢見る、とんがった少年だったといいます。
念願かなって上京し、就いたのは服飾関連の仕事。サザビーリーグやメルローズといったクリエイティブな企業でキャリアを磨き、その後ワーキングホリデーでパリやロンドンに2年間滞在しました。
30歳で帰国し、転職を果たした先は、あのエルメス。この仕事ではアート作品を販売するような高揚感があったといいます。
ところが転職した矢先に急性骨髄性白血病という大病を患ってしまいます。幸い、入院治療で危機は脱しましたが、その後も入退院を繰り返し治療に励む月日は続きました。
仕事は治療のために中断せざるをえなくなり、実家に帰る機会が多くなったそうです。そのなかで昔は気づかなかった山形の魅力に、徐々に気づくように。
療養のため東京と山形を行き来する折に出会ったのが、山形出身の映画監督・渡辺智史さんが手掛けた映画『よみがえりのレシピ』でした。「この映画で表現されていた山形の在来食物と種を守り継ぐ物語が、自分のUターンを後押ししてくれたと思っているんです」と神保さん。
そのひとつは食材。朝採りの野菜のみずみずしさ、根菜の甘さ…、「故郷の食べ物は弱った体にしみわたるようだった」と神保さん。何よりも次の日の体調がまったく違ったのだそうです。いったん目が開かれると、あれほど嫌いだった山形の魅力がどんどん見えるようになっていきました。
そんな日々を繰り返すうち、東京を離れる気持ちが固まったといいます。
食だけでなく、人、自然、伝統、手仕事などをつなぎ合わせる
「余命を宣告されたとき、心に浮かんだのは、もっと多くの人の笑顔が見たかったという思い。大病を患ったことで、すべきことをためらう気持ちは消えました」。
神保さんとともに、カフェを盛り上げてくれるスタッフにも恵まれました。日本料理店で長年腕を磨いたシェフ、この店で初めての経験と才能を開花させたパティシエ、販促物のグラフィックや文章の得意なスタッフ等々。
カフェのメニューは、神保さんが世界を旅して惹かれた料理を、山形の食材を使って提供します。和食出身のシェフがつくる鯖サンドや創作カレーも、店のウリで人気だそう。
パティシエは、隣で上映された映画にちなんだオリジナルのお菓子を開発することも。
「この店を通して誰かが何かを表現するきっかけになれば、僕としては何よりうれしいこと。また、この店に集う人々が交流し、新しい発見があることを目指しています」。
そういう思いで、アーティストが作品を展示できるように壁面を開放し、人の輪が広がるイベントを企画しています。
夜は、通常のディナータイムに加えて、ワインや日本酒を楽しむイベントが開かれます。
丁寧に手をかけた心豊かな生活という意味の「スロー」と、ジャムセッションの「ジャム」を掛け合わせた言葉が「スロージャム」。
「ひとつの音色にいろいろな楽器が参加して、即興で展開していく。そんなセッションのような広がりができる場にしたい」と神保さんは考えています。
※情報は「住まいの設計2019年8月号」取材時のものです。
THEATAR SIDE CAFE SLOW JAM
取材/平山友子
撮影/伊藤美香子